2005年11月17日

1867年11月17日 クレスポ島の海底の森での狩猟パーティ。

《海底2万マイル》の航“読”記

「いっていらっしゃい。よい狩りを」

 北緯32度40分、西経167度50分に位置する孤島?クレスポ島の海底の森での狩猟パーティ。その当日です。


●出発前に腹ごしらえをしながら潜水服の説明。例によってディテールは詳細を極めています。
●狩猟パーティの最中にクモガニに遭遇します。ところでクモガ二ってそんなにおっかないモンかしら。クモガニ(Oncinopus araneus)」という種類もあるらしいですが、クモガニ科クモガニ亜科にはタカアシガニというのもいます。姿はこれの巨大なものを想像すればいのかのしれません。ド・ヌヴィルの挿絵もそんな感じに描かれています。でも、きっと食わなかったに違いない。
●しかしこのパーティは実によく歩いています。朝の10時頃に水中に入って、夕方日没まで。流石にアロナクス教授は船に引き上げてきてすぐに、疲れて寝ちまったみたいです。
あれ?このひとたち今日は一食しかしていないのかな?
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2005年11月16日

1866年11月16日 ネモ船長からの招待状

《海底2万マイル》の航“読”記

 この日、ネモ船長からクレスポ島での狩猟パーティの招待状が届く。
 隣の部屋に住んでいようとも、書状を持ってする。床しい習慣ですが、イマドキの人にはちょっと理解できないことかもしれません。この辺はけじめであり、エレガンシーであり、教室で手紙を廻したりするのとはワケが違うことなのですぞ。
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2005年11月10日

1867年11月10日 ア教授が日記を付け始めます。

《海底2万マイル》の航“読”記

 この日から、ア教授が日記を付け始めます。何かすることが欲しかったのかもしれません。おかげさまで私たちは驚異の海底旅行の物語を楽しむことができるわけです。
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2005年11月08日

1867年11月8日 ノ号での海底探検行の始まり。

《海底2万マイル》の航“読”記

 この日、N30.7、W137.15(パリ子午線)、日本より約300マイルの海上からノ号での海底探検行が始まります。
エ号艦上で語られる物語からようやくノ号船内で語られる驚異の旅の記録になる。

起きて散々待たされてから(おなかが空いた状態で)ネモ船長と会見。ノーチラス号の虜囚となります。
●早めの昼食
●船内案内
 社名には実在のものが混ざっている(多分、すべて実在)。
 アゴ足枕を保証することでこれ以降の海底探検そのものに集中できるってもんです。
 トイレシャワーはどうなっているんだろうか?
●海底探検行開始の宣言
 これのお陰で日付けが判ります。
 アロナクス教授は神の加護を求めます。ネモ船長はどんな風に聞いたでしょうか?
●海底の眺望
 さてここで問題です。ノ号の展望窓の形はどんな形でしょうか?

 間違ったとしてら、ディズニー版の影響ですね、きっと。でもカメラの絞り風シャッターの丸窓でないといけませんよ、やっぱり。大抵の本の挿絵でも丸とか楕円に描かれています。
nout2000.bmp
西村屋さんのコメントへの返信です。
この挿絵は学研の「少年少女ベルヌ科学名作」シリーズの第一巻の函絵&表紙です。
残念ながら画家が特定できていません。中身の挿絵は多分別の人が描いています。
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2005年11月07日

1867年11月7日 遭難したア教授らが怪潜水艦に収容される。

《海底2万マイル》の航“読”記

 噴気でエ号艦上からアロナクス教授は海に投げ出されてしまいます。それを追ってコンセーユもまた海に飛び込みます。この穏やかな青年のなんと忠勇無双であることか。
「それじゃ、私たちはもうダメだ」
「ええ、たぶん」と、コンセーユはおだやかに答えた。「でも私たちにはまだ何時間かございますし、何時間かのうちにはそれはたくさんのことができるものでございますよ」

 絶望的な状況にあってもこの落ち着き。人間として見習わなくてはいけません。続きを読む
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2005年11月06日

1867年11月6日 エ号が怪鯨を引き続き追跡する。

《海底2万マイル》の航“読”記

 昨夜から引き続いてエイブラハム・リンカーン号は怪鯨を追跡します。エ号は一生懸命なのですが怪鯨のほうは余裕しゃくしゃくなのが腹立たしいといえば腹立たしい。痛快といえば痛快。続きを読む
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2005年11月05日

1867年11月5日:正午にエ号は捜索を打ち切るはずであった。

《海底2万マイル》の航“読”記

 ファラガット艦長が11/2に三日間の待機の後に、怪鯨の捜索を打ち切って帰国の途につくことを約しました。期限はこの日の正午です。
で、困ったことがあるんですよ。このあたりは一気に読める部分、いや一気に読まなくてはいけない急展開のところなんで、今まで気が付かなかったんですが、翻訳ではこの辺りの日付けが微妙に違うんです。続きを読む
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2005年11月04日

本日の古本釣果

 海洋SFを求めて、近所の古本市へ。滞留2時間。
《海底牧場》買値260円 状態は上の部類 価格を考えればオトク。
《青い世界の怪物》買値260円 これまた状態は上 価格を考えればオトク。
二冊とも持っていますが、ずいぶん昔に買い、かつかなり読み倒したので、予備のつもりで購入です。
《海底基地SOS》毎日新聞社版のハードカバーが3000円で出ていたが買わず。状態も悪かったし高すぎる。ソノラマ版は持っているのだけど、こっちは挿絵がいいので欲しいんですけどね。
 未読本&未購入本の長いリストを見て、ため息をつくべきか、まだ楽しみがこれだけあると思うべきか。
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1867年11月4日?: N31.15、W136.42でエ号が怪鯨に遭遇。

《海底2万マイル》の航“読”記

この日の午後8時頃。北緯31度15分、西経136度42分でエイブラハム・リンカーン号乗り組みの銛打ち、ネッド親方が怪鯨を発見します。ああ、あの電気性の輝きを見よ!
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2005年11月02日

1867年11月2日 ファラガット艦長が3日後に捜索を打ち切ることを決意する。

《海底2万マイル》の航“読”記

 この日、ファラガット艦長が3日後に怪獣捜索を打ち切り、帰還の途につくことを決意します。
よくもまあ、我慢したというか。先行きのはっきりしないミッションはやってて、かなりしんどいものですから(実感)。
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2005年10月26日

《海の不思議》♪

 かれこれ15年位も前でしょうか、近所のガキンチョが合唱の練習らしいことをしておりまして「シーラカンスが泳いでいる」だの「ニライカナイ」がどうの「海は月より遠い」だのと歌っておりました。
 何の歌かなーとぼんやり思っていたのですが、そのときはそのまんま。
昨夜まで忘れ去っておりました。
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2005年10月23日

新種の環形動物“骨食い鼻汁花”

10/14にハテナの報道で海の神秘と不思議を再確認したのですが、また、新種の生物です。(BBCの報道はこちら。あるいはここの検索窓からOsedax mucoflorisで検索)
 以下の記述は主にBBCの報道に拠っています。


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2005年10月14日

半草半獣。汝の名は“ハテナ“なり

光合成可能な動物。確か《11人いる!》にそんな人いましたね。

《11人いる!》は萩尾望都のスペオペ・サスペンス。傑作です。海洋SFじゃないですが。
“そんな人”はえーと、ガンガ 。ガニガス・ガグトスでしたっけ、風土病対策だか飢餓対策だかで9歳のときに特殊なクロレラを移植されたんじゃなかったでしたっけか?

ゲンジツの世界でも極微の世界ならそれが“あり”ということが、証明されたわけです。
SF的にはじゃあ、巨大なサイズでもそれは可能なんじゃないの?ということになるんですが、どうなのかなぁ。

ワクワクしますね。

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2005年10月10日

“せとしお”進水

 本日、海上自衛隊のディーゼル潜水艦“せとしお”の命名・進水式が三菱重工業神戸造船所で行われました。命名者は防衛庁の斉藤海上幕僚長。会場には約二百人の関係者が集まり、拍手で進水を祝ったそうです。
 やっぱり赤飯とか折り詰めとか出るんでしょうか?続きを読む
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2005年10月01日

blog公開初日

公開というより後悔、な気分。
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2005年09月01日

書斎派の冒険心

《2001年宇宙の旅》《海底二万マイル》《八十日間世界一周》
これらの映像が私の冒険の原点です。あるべき像です。理想形です。
冒険行であっても、優雅かつスマート。
ニート・アンド・クリーン Neat & Clean 。
文明人らしい清潔と秩序。

年端もいかぬ私の心は鷲掴みです。
年月は過ぎましたが、今でもそれは変わりません。

ディスカバリー号のテクノロジー。ノーチラス号の優雅。フィリアス・フォッグ氏の資金。
これさえあれば、いつだって冒険に赴きましょう。
その意気と心構えはできています。
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2005年06月04日

1867年6月4日 エイブラハム・リンカーン号がブルックリン埠頭から出港。

《海底2万マイル》の航“読”記

 この日、合州国海軍の快速フリゲート、エイブラハム・リンカーン号がニューヨークのブルックリン埠頭を出発しました。
 見送りが華々しい。イマドキの日本で言うと晴海の埠頭から出発するみたいなモンでしょうか。BGMは軍艦マーチで。
 さて、探索行のはじまりです。
 コンセーユが何かにつけ心配するマレー猪がどうなったのか、興味のあるところである。

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2005年05月01日

1867年5月初旬 ア教授がフランスに帰国する当初の予定。

《海底2万マイル》の航“読”記

 アロナクス教授はネブラスカからニューヨークに戻った当初は5月初旬にフランスに帰国する予定だったようです。
 にもかかわらず、6月初頭までニューヨークに逗留していたためにエイブラハム・リンカーン号に同乗を求められることになってしまうのですが、なんでさっさとパリに発たなかったのでしょうか?
 やはり両洋に臨む新世界で事態の推移を見守りたかったのでしょう。
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2005年04月30日

1867年4月30日 ニューヨーク・ヘラルド紙にア教授の意見が掲載される。

《海底2万マイル》の航“読”記


 この日、ニューヨーク・ヘラルド紙New York Heraldにアロナクス教授の意見が掲載されました。残念ながらアロナクス教授のこの意見論文の記事切抜きなどは発見されていないようです。
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2005年03月31日

1867年3月末 アロナクス教授がネブラスカの探検行からニューヨークに戻る。

臓海底2万マイル臓の航臓読臓記

 この頃ピエール・アロナクス教授が、ネブラスカにおける学術探検からニューヨークに戻ってきます。
 このアロナクス先生は探検行の間も米欧の新聞を丹念に読んで時勢に遅れまいとしていたそうです。涙ぐましい努力です。以前の探検行で今浦島(<古い表現)になったことがあったのでしょう。続きを読む
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